+強き想いのその果てに
     〜時空を越えた三国志〜<愛奏編>+



飛び立ちたいと、あの人はそう言ってくれた。
想いはまだ消えることはないけれど・・・。
それでも、私と一緒に飛んでみたいと、確かにそう言ってくれたのだ―――


そこは、まるで戦場。
命が次々と消えていく、それは聖なる場にも等しい、戦場のよう。
「趙雲、何しにここへ来た・・・」
響き渡るのは、曹操の声。
そして、それを受け止めるのは趙雲であった。
「はい。そろそろ奏の方へ戻りたいと思っておりますので、その挨拶に・・・」
この漢の国へ来て、どれくらい経っただろうか。
遅いようで早い時間の流れは、あらゆる感情を包み込んだように思える。
そして、その時間の流れは、様々な犠牲を残し、一体どこへ行くのか・・・。
「甄姫を・・・連れて行くか・・・」
その言葉で、趙雲は、深く下げていた頭を勢いよく上げ、瞳に曹操の顔を映した。
知って・・・いるのか・・・。
これから、自分が歩もうとしている道を・・・。
「曹操様・・・!」
その声は、まるで何かの救いを求めるかのような音であった。
「知っておる。すべてな・・・」
「曹操様・・・」
「私を殺めにでもきたのだろう・・・。そなた、奏では相当腕の立つ武人らしいな・・・」
「なぜ、それを・・・!?」
それは、誰も知らぬはず。
確かに、趙雲は、奏の国の武人である。
秦の国へ戻れば、相当な位が待っているほどに。
皇帝は、いつでも傍に置きたがっていたが、趙雲が無理を言い、この漢の国へ使者として来たのだ。
その理由は、他でもない。
曹操の姿を一目見るためである。
同じ武人ではあるが、その違いは大きい。
一人は、皇帝にひたすら仕える武人。
そして、もう一人は、皇帝すら覆すほどの力を持った武人。
初めて会ったときから今まで、その力はこの身に痛いほど伝わり続けている。
あまりにも大きく、深く、広く。
その力はどこまで行くのか。
この鋭い瞳は、一体どこまで見据えているのだろう・・・。
「申したであろう・・・。・・・すべて、知っていると・・・。お前のことも、お前と甄姫のこともな・・・」
「・・・」
「連れて行きたくば、連れてゆくがよい」
その言葉は、深いため息らしいものを宿していた。
まるで、それ自体を疎ましく思っているかのように。
「・・・な・・・ぜ・・・」
それは、苦しさの中から、吐息と間違うかのような細い声。
「なぜ、甄姫を拾ったのかと問いたいのか」
「・・・・・・・・・はい・・・」
趙雲は、視線を落として答えた。
捨てるのならば、拾わなければよい。
飽きるのならば、手にとらなければよい。
それとも、求めるのは一瞬の娯楽なのか・・・。
甄姫は、自分があれほど恋焦がれた娘は、曹操にとって、ただの玩具であったのか・・・。
「ただの気まぐれだ」
「気ま・・・ぐれ・・・」
「それ以外に何がある」
「それだけのために・・・あの方は・・・」
―――気まぐれ。
何の迷いも含まれていないような曹操の言葉。
愛するためではなかったいうのか。
甄姫の命を惜しいと思ったわけではなかったというのか。
「しかし、その気まぐれによってお前と甄姫は出会うことができたのだから、お前にとっては喜ばしいことであろう」
「けれども、あの方は・・・、甄姫様はそれにより、どれほど心を痛められたか・・・!!」
「何が言いたい・・・」
その声は、今までの飽き飽きとしたものでなく、こわばったものであった。
しかし、趙雲はそれに気にすることなく続ける。
「昨夜、あの方はおっしゃってました・・・。私の心は、いつまでも曹操様の元にあると・・・。曹操様のお心が、自分にないことは知っていても、それを止めることはできないのだと・・・」
昨夜、甄姫は、趙雲の想いを受け入れた。
しかし、甄姫は自分と同じ想いを持ってはいないことを、趙雲は知っていた。
けれども、それでもよかったのだ。
ただ、その時は、嬉しさばかり・・・。
だが、朝、甄姫の部屋から戻る時のあの人の言葉が耳から離れない。
自分の心は、いつまでも曹操の元にある。
いつまでも―――
そう、甄姫は言った。
永遠に、その心は変わることはないのだ。
私のことを想ってくれることなど、一生ありはしないだろう。
趙雲が求めてやまなぬその甄姫の心を持っているのは、今、目の前にいる人物。
曹操に他ならないのだ。
「甄姫様は私など愛しておられません・・・! あの方が愛しておられるのは、まぎれもなくあなた様だけでございます・・・!!」
いくらもがけど、この手に入らぬものを、曹操は持っている。
当たり前のように。
初めから、それが与えられていたかのような顔で。
その上、私が恋焦がれるものを、曹操は捨てようとしているのだ。
なぜなのだろう・・・。
なぜ、こんなにもうまくいなかいのだろう・・・。
「だからどうしたというのだ・・・。たとえ、そうであったとしても、お前がこれから甄姫の心を奪えばよいだけのこと・・・」
「あなた様は・・・、あなた様は・・・、甄姫様の想いをを微塵も分かっておられない・・・!!」
奪えるはずもない。
たとえ、このまま甄姫を連れて行ったとしても。
甄姫は想い続けるのだ。
今まで以上に。
その胸は永遠に曹操が居座り続ける。
思い出は、何よりも美しいから・・・。
敵うはずもないのだ。
私など・・・。
「・・・」
「あの方の苦しみを、分かろうとはなさっておられないのだ・・・!!!」
「・・・苦しんでいるのが・・・、なぜ、甄姫だけであると思う・・・。胸の奥に、決して果たすことができない思いを抱え、どうしようもない感情に苦しみもがいているのが、なぜ甄姫だけであると言える!?」
眉をひそめ、勢いよく立ち上がりながら言う曹操に、趙雲は瞬きすら忘れるほどに驚く。
「曹・・・操・・・様・・・」
趙雲の言葉によって正気を戻したかのように、曹操は元の表情に戻ると、ゆっくりと座っていた椅子に再び深く腰をかける。
「・・・いや・・・。・・・今の言葉、忘れてくれ・・・」
それは、言うべき言葉ではない。
それは、曹操が常に胸に宿していた、決して人に悟られてはならない深い想いであった。
「曹操・・・様。もしや、あなた様は・・・」
しかし、趙雲はそれを見逃さなかった。
いや、正確には、見逃せなかったという方が正しいかもしれない。
「何も言うな!!」
曹操は、そんな趙雲を睨みつけると一喝する。
これ以上・・・。
これ以上、私に何も言わせるな・・・。
今まで隠してきた想いを、私に口にさせるな・・・。
「しかしっ・・・!!」
「お前たちは、私のことなど気にしている場合ではないはずだ・・・。早く、去るがよい・・・」
曹操はそう言いながら、自分の指を扉の方へ向けた。
「それでは・・・! それでは、あまりにも・・・!!」
趙雲は、曹操の態度により、自分の思いに確信を持つ。
「早く!! ・・・・・・早く・・・・・・去れ・・・」
「いいえ・・・。このまま帰るわけには参りませぬ・・・」
「私の、心の内を知らぬままには帰れぬというのか・・・」
「はい・・・」
その声は小さいものであったが、決してひかぬという想いが、あきらかに感じられた。
それは、曹操も同じ。
「フッ・・・。ならば教えてやろう・・・。おぬしだけに・・・。お前は、一体、何が知りたい・・・」
諦めだったか、それとも、負けであったか・・・。
それは、誰にも分からぬが、曹操は重い口を開いた。
「曹操様は、甄姫様を・・・愛しておられるのですか・・・」
その問いは、あまりにも単純で、そして、あまりにも複雑―――
答えは二つしかないが、想いは数えきれぬほどあるのだから。
曹操は、初めからその問いが来ることを知っていたかのように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「はっはっはっはっはっ!!! 愛しているか・・・だと・・・!? 私が、甄姫のことを愛しているかだと!? そのようなこと、口にするまでもない! ・・・・・・・・・愛している・・・。例えようもないほどに、愛している!! 8年前のあの日、甄姫を初めて目にした時・・・、全身に鳥肌が立つほどの快感を覚えた。その感情を、無視できるはずもなく、私はあの時、本能のままに連れて帰ったのだ・・・。これは、きっと、運命であると信じ。これが、きっと、愛というものであると思い―――」
やは・・・り・・・。
愛している・・・のか・・・。
けれども、趙雲はそれに納得できるはずもなかった。
「では・・・、なぜあの方を遠ざけるのですか・・・。そのような想いを抱いていらっしゃるのならば、曹操様の傍らに置き、愛を与え、慈しめばよいではないですか・・・!」
そう。
なぜ、そのような強い想いでいながら、あのようなひどい仕打ちをするのか。
甄姫を私に渡すという類のことを口にするのか。
そして、なによりも、なぜ故に甄姫に愛を囁かないのか・・・。
「私には、多くの女たちがいる・・・。それは、私が望んだことではない。けれども、それは、権力者としての義務であるのだ。私は、その女たちに、平等に愛を与えなければならない。もし、甄姫だけを傍に置いたら、どうなると思う・・・。その女たちは、やがて甄姫を妬むようになるであろう。甄姫は、一見、強い女に見えるが、その心はとても脆い・・・。女たちの妬みに、甄姫は耐えられぬ。それを知りながら、なぜ傍に置くことができよう」
なんと・・・いうことか・・・。
愛していながら・・・なぜ・・・このような現実であるのか・・・。
愛しあっておりながら・・・なぜ・・・このような結果が生まれるのか・・・。
あまりにも、深い・・・。
曹操の想いは、あまりにも深すぎるのだ・・・。
「それ・・・では・・・、あまりにも・・・悲しすぎます・・・。愛し合っておられるのに・・・。気持ちが通じ合っておられるのに・・・!!」
「よい・・・」
「けれどもっ・・・!!」
曹操は、今までに見せたことがないような優しい笑みを浮かべた。
「趙雲、お前はおかしなやつよ・・・。私のことを、憎んでいたのではないのか・・・」
その言葉を聞き、趙雲は深く頭を下げた。
「私は・・・、何と愚かなのでしょう・・・。ただ、目の前にあるものだけをひたすらに信じ・・・」
曹操の想いなど、知るはずもなかった。
微塵も考えたことはかなったのだ。
頭の中で巡っていた想いは、愛しているか、愛していないか、それだけであった。
しかし―――
人を想う心は、それだけではなかったのだ。
複雑に絡み合い、その奥に隠された深い想いがあることなど、趙雲は知りもしなかったのである。
「・・・よい・・・。お前はそのままでいろ・・・」
その言葉で、趙雲はそっと頭を上げ、目を細めるようにして曹操の姿をその目に映した。
「曹操様・・・。あなた様は、お優しすぎます・・・」
曹操は、柔らかな微笑と共に言う。
「これから・・・どうするつもりだ・・・」
曹操の真の心の内を知った今、一体趙雲はどうするのか・・・。
「これから・・・。私は、旅に出たいと・・・」
趙雲は、一つの大きな決心と共に、その言葉を口にする。
それを曹操が見逃すはずがない。
何か嫌な予感を感じ、趙雲をまじまじと見つめる。
「・・・何の、旅だ・・・」
「おかしなことです。旅に理由などあるはずもございませぬ・・・」
「何の・・・何の旅だ!!!」
その声は、部屋中に響き渡った。
「やはり、曹操様の目は、欺くことができませぬ・・・。・・・私はこれから・・・死出の旅路へ・・・」
「・・・だから、お前には話したくはなかったのだ・・・。・・・どうしても、行くのか・・・」
自分の心の内を話せば、こうなることを曹操は知っていた。
だから、あれほどに、話すのを拒んだのだ。
曹操は、趙雲を疎ましく思っていたわけではない。
甄姫と通じ、憎んでいたわけでもない。
むしろ、気に入っていたのだ。
その、瞳は純真に輝き、その体は活力に溢れ。
初めて趙雲を目にした時のことを、曹操は忘れることはない。
生命の寿命の問題ではございませぬ。権力の寿命の問題でございます―――
そう言った趙雲の自身に満ちた態度は、今もなお、曹操の瞳に焼きついていた。
「はい・・・。たとえ、何と言われようとも・・・」
それは、曹操の心の内を知らぬままでは帰れぬ、と言ったあの時よりも強い想いが込められていた。
「そうか・・・。もう、何も言うまい・・・」
自分がどんな言葉を投げかけようとも、趙雲の意思は曲げられない。
そのことを、曹操は知っていた。
「では、私はこれで・・・」
そう言うと、趙雲は立ち上がる。
「曹操様・・・。私は、今まで、剣で貫けぬものはないと思っておりました。けれども、一つだけ貫き通せぬものがあったのでございます・・・」
「甄姫か・・・」
何の迷いも見せずに答える曹操を見て、趙雲は穏やかな表情を浮かべた。
「やはり、曹操様には敵いませぬ・・・。そのとおりでございます・・・。私が唯一貫き通せぬもの、それは、甄姫様のお心でございます・・・」
「あれの心は、誰のものでもない」
それは、まるでまじないの言葉であるかのように、曹操の口から紡がれた。
甄姫の心は、誰のものでもないと・・・。
趙雲のものでも、そして、曹操のものでもないのだ・・・。
たとえ、誰かのものであったとしても、心は見えぬ。
だから、誰のものでもないと。
初めから、誰のものでもなかったと・・・。
今だけは―――
その言葉は、趙雲にとって、最高の救いの言葉。
「・・・はい。・・・曹操様、一つ、お願いがございます」
「願い・・・?」
「甄姫様に、お伝え願えませんでしょうか。私の、最後の言葉を・・・。趙雲の心は、誰のものでもなかった、と・・・」
甄姫の心が、誰のものでもないように。
趙雲の心も、誰のものでもない。
それが、嘘であると分かっていても・・・。
自分の心を、この国に残していくわけにはいかない・・・。
「趙雲の心は、誰のものでもなかった・・・。・・・確かに承知した・・・」
「お願いいたします・・・。では・・・、私はこれにて・・・」
そう言うと、趙雲は扉のほうへと歩いていく。
「趙雲、一つ問いたい」
それを引き止めるかのように、曹操が言葉を発した。
「何でございましょう」
「死への旅路は険しいか・・・」
きっと、それは、皮肉な問い。
逃げることへの。
けれども、なぜであろう。
それは、かすかな優しさを帯びていた。
「穏やかな道のりではございませぬ・・・。けれども、真に険しい道は、生きる道でございましょう・・・」
趙雲は、初めてこの国へ来た時と、なんら変わらぬ瞳で、そう答えた。


              愛、奏でるは、聖なる調べ。
                   生死、繋ぐは、聖なる 輪舞曲 ( ロンド ) ―――



         >>>強き想いのその果てに 〜時空を越えた三国志〜 <雨夜編>に続く。
















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