+甘き貴女と菜の花と+ |
夜がほのぼのと明けて、絹のような日差しが差し込んだ。 私は目を覚まし、いつもと勝手が違う寝床に違和感を覚えた。 ここは・・? どこだ・・。 見たところ粗末な小屋のようだ。 板張りで、板と板のすき間からは、光の帯が太く伸びている。 身じろぎすると、ほこりが舞い立ち、光の帯をきらめかせた。 長い間、住み人知らずといったところか。 ! ・・・あの人は!? 恋しい人は、すぐ横で小さな寝息を立てていた。 自分の方に頭を少し寄せているのが健気で愛らしい。 白い肩が山吹の襲ねによく映えている。 衣をそっとかけ直してやると、昨夜のことが夢ではないと知った。 ・・そうだ。 ふと、ちょっとしたいたずらを思いつき、散歩がてら外に出た。 辺りは黄金に輝いていた。 ここには菜種の花が咲いていたのか・・・。 咲き乱れる菜種と上からそそぐ朝の光、じんわりとにじむ幸福感に包まれ、思わず身震いした。 菜種の花を一つ一つ手折っていく度、昨夜までの記憶が一つまた一つとよみがえる。 いつのことだったか。 身分違いの恋に陥ってしまったのは。 私はもともとあの方の従者だった。 この恋は一生胸の奥にしまい込んで陽の目を見ることはあるまいと思っていた。 しかし、あの方が私と同じ想いを抱いていると知ったとき、タガがはずれた。 来世で、と死ぬのも空しい。 私は今! 今あなた様と生きたいのだと夢中であの方を盗み、闇の中を逃げた。 必死だった。 このかぐわしい菜種の花の香にも気づかないほどだった。 「ふふっ。まるで伊勢物語のだれかさんだな」 自分を在原業平に重ねてみたが、愛しいあの方は鬼に食われているはずもなく、日差しに包まれすやすやと眠っていた。 衣の山吹色が光にとけてしまいそうだった。 と、あの方が目覚めた。 ぱっと起きると不安げにきょろきょろし始めた。 私はくすりと笑った。 「私を捜しておられるのか」 少しいじわるして隠れていようかと思ったが、あんまり一生懸命なのでつい姿をあらわしてしまった。 私の姿を見かけたあの方はうれしそうに満面の笑みを浮かべたが、すぐふっくらとしたほおをふくらませた。 くすくす笑いで近づく私を見て、いじわるされたと気づいたのであろう。 両手でほおを包み優しく中の空気を出してやり、にっこりした。 「お許しを。あなた様があんまりいじらしいので・・・」 あの方はほおを紅葉させながらも、再びほおをふくらませので、ほおづきの様になっていた。 私は声を立てて笑ってしまった。 少し笑いすぎたので、あの方にぷいとそっぽを向かれた。 「記念すべき朝なのに、むごいことをしてしまいました。お許し下され」 今度は真顔で許しを乞うた。 それが効を奏したのか、あの方は私の手の中の菜種の花束を指さし、それなあにと眼差しで問いかけた。 「ああ。あなた様が寝ている間にしとねを菜種の花で埋め尽くそうと思いまして。お召しになられている山吹の衣とぴったりかと・・」 でもバレてしまいましたねと舌をちろりと出し、おどけてみせた。 あの方の目がふわっとほほえみ、頼りなげな白い腕をこちらに伸ばした。 私は目の前の恋人を抱きかかえ、菜種畑に連れ出し、黒髪に菜種の花を飾りながら言った。 「あなたに新しいお名前を。これからのふたりにふさわしい御名を。菜種畑の門出ですから・・・『菜の花の君』」 菜の花の君はまぶしそうに目を細めた。 そして私の首筋に腕を巻き付かせ、顔を埋めた。 そして、小さな小さな声で 「それならあなたは『菜の花の殿』ですね」 とささやいた。 私はこの愛しい恋人を抱え、くるくる回って 「お気に召されたか?」 と聞いた。 菜の花の君は今日、一番の笑顔を見せてくれた。 髪に飾った菜の花よりもきらびやかだと思った。 |
「尚友」の管理人でいらっしゃるくど様から、小説をいただきました。 甘いですね〜。 平安の、新婚夫婦♪ かなり、お上手なので、びっくりしました!! |
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