+楽  園+





カヌスという結構規模の大きい街の奥には、一際大きな屋敷が存在した。
持ち主の名はリュート・G・サルトニアス。
漆黒の髪を長く伸ばした長髪頭で、髪と同じ色の瞳。
まだ20代前半の若い男である。
街のメインストリートには馬車が1台。ガラガラと音を立てながら街の奥へと向かっていた。
その途中。中央に大きな噴水のある広場にさしかかった時、突然馬車は減速し停車した。
馬車の扉には鷹をモチーフにした家紋が彫られている。その家紋は間違いなく、サルトニアス家のもの。
普段街に滅多に顔を現さない家の主人が人通りの多い広場にいるという噂を聞いた者達がまた広場に駆けつけてきたものだか
ら、今日は一段と人の数が多くなってしまった。
だが噂の張本人のリュートはいくら待てども出てこない。
それは何故か。
リュートは馬車の中から、ある女性に目を奪われていたから。
噴水の枠に立った短い金色の髪の色白な女。丈の短い白のローブがとてもよく似合う。
何故だか女性の周りには人垣が出来ていたが、そんなものはリュートの目には入らなかった。
リュートの瞳に映るのは、たった一人。
白い衣に身を包み黄金の髪を揺らしながら笑う女性の姿だけ。


ピンクのマニキュアを塗った爪の先から小さくも勢いのよい赤い炎が現れる。
息を吹きかけるとそれは瞬く間に緑の炎へと変化した。
観客からどよめきと歓声。
その声に満足して、炎を操る女性は微笑む。
右手の人さし指の炎はそのままに、今度は左の手で紋様を描く。不思議と女性の指が創りだした紋様はほんのりと光を帯びてい
て、はっきりと形が分かる。六芒星を基としたそれに、女性はちょちょいと装飾を加え始めた。
観客の目は女性の動作に釘付けである。
右手にあった炎が女性の指を離れて空中へと浮かび上がる。フワフワと浮いた炎はまるで人魂のようだ。
紋様を描き終えた女性は、事もあろうになんと両手で紋様を包み込んだ。
綺麗だったのに〜、と観客の1人が声をあげ、他の観客からも落胆の声が聞こえる。
だが、その落胆の声もすぐに歓喜の声へと変わった。
女性の両手がだんだんと開かれていくと、その中から小さいながらも水色に煌めく龍が姿を現したからだ。龍は女性の傍らに
浮かんでいた火の玉目掛けて飛んで行く。驚いた火の玉は女性の周りをぐるぐると逃げ回り、龍もまたそれを追いかけて
ぐるぐると回る。しかし、ついには火の玉は龍の口の中に収まってしまい、満足した龍は天へと飛翔して消えてしまった。
観客は盛大な拍手と喜びの声を女性へと送った。
演技中、一言も声を出さなかった女性が初めて口を開いた。
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げて、綺麗な声でそう言った。
「良かったよ〜すごいねー、あんた!また見せてよね」
「魔法って綺麗なんだなぁ。直に見るなんて初めてだったぜ」
 口々にそう言いながら少女の足元にある籠へとお金を入れていく。
 しばらくして観客もいなくなり、女性が帰り支度を始めたとき、後ろの方で騒めきが起こった。
「なんだろう?」
 お金が満杯まで入った籠の蓋をしっかり閉めて立ち上がり、騒ぎの方を見遣った。
 すると、馬車の中から1人の男が出てきた。
「お金持ち…なんだろうな」
 人々の反応と男の歩き方、服装からそう推察した。
 男から視線を外して、下に置いてある籠を見て呟く。
「格が違いすぎだね。なんて神様は意地悪なんだろう」
 ひとつ大きな溜息をついて籠を持って歩き出そうとしたその時。
 目の前に人がいて驚いた。
「ぅわあっ!?」
 危うくぶつかりそうになってしまった。
「ああ。突然すまない」
 低い声でそう言われて顔を上へとあげて顔を拝んでみる。
 綺麗な、顔だった。
 きついつり目で愛想は良くないが、端正な顔立ち。
 つい見惚れてしまって何も言えなかった。
「どうかしたか?」
 じっと顔を見つめている私を変に思ったのだろう。
「い、イエイエ何も…。それより、何か用ですか?あっ!もしかして、ここで商売はいけなかったですか!?
すいません、すぐに出て行くんで…!」
「ちょっと待て」
 後ろを向いてさっさと逃げようとしたが、肩を掴まれて引き戻された。
(ええ――!?し、死刑だけは嫌――っっ!!)
「少しお願いがあるのだが」
「へっ?」
 考えていた事と全く異なる事を言われて呆気にとられた。
 私のそのきょとんとした顔がおもしろかったのか、男は――リュートは少し笑った。


 詳しい話は屋敷で、ということで馬車に揺られて連れてこられた屋敷はかなり大きかった。大きな庭に噴水にバラ園に
大きな門は当り前。使用人の数も半端なかった。
「え、私がリュート様の主催するパーティーで魔法の披露を??」
 応接間に通されてハーブティーを飲んでいた私――シェリーはリュートの願いとやらを聞いた。
「ああ。お願い出来ないだろうか?」
 じっとこっちを見つめてくるリュートに、なんだか恥ずかしくなって顔を背けた。
「でっでも…私は魔法を見せることでお金を得る旅芸人ですし、私よりもっと身分がよくてもっとうまい魔法使いはいっぱい…」
「君がいい」
 即答で、しかも力強くそう言われて、シェリーには断る理由が見つからなかった。
(まあ――リュート様のそばにいられるなら―――って何考えてるんだろう、私…)

 願いを聞き入れてから、シェリーには部屋が用意され、毎日魔法の練習とある程度の作法を学んだ。パーティー開催が
1ヶ月後で割と余裕があった為、時には2人で遊びに出かける事もあった。
 そしてパーティー当日。
 100人以上もの人で溢れかえった大広間で、シェリーは恥をかくこともなく立派に大役を果たし観客から盛大な拍手が
贈られた。笑顔でそれを受けるシェリーだったが、安心したのかパーティーが終わってから泣いた。
 何も言わずに抱きしめたリュートの胸の中で。


 3日後――。
 沈痛な面持ちでシェリーは帰り支度をしていた。
 そう。いつまでもここにいられるわけではない。自分の役目は、もう終わったのだし。
 使用人さんが綺麗に洗ってアイロンまでかけてくれた白いローブに着替える。袖のところが少し破けていたのにきちんと
繕ってくれていた。
 ベットの縁に腰掛けて今までの事を思い出す。
 この1ヶ月は本当に楽しかった。
 自分もかなり成長した。魔法のバリエーションだって多くなった。使用人さん達とも仲良くなった。
 この家に来て悲しい事なんてなかった。あったのは楽しい思い出だけ。
 夢だったんじゃないか。そう思えるほど楽しかった。
 『楽園』だった。
 涙が零れる。
 もう体が干からびるんじゃないかってくらい。
 この部屋が水でいっぱいになるんじゃないかってくらい。
 それくらい、酷く泣いた。
 もう悲しくて悲しくて声も出なかった。
「また、酷い泣きようだな」
 突然声を掛けられ、肩を跳ね上がらせて声のした方を向いた。
 そこに立っていたのはリュート。
 驚きに、流れる涙もそのままにして、唯リュートを凝視する。
「リュ、リュート…様…」
「ほらほら、泣くな」
 シェリーの横に座って涙を優しく拭ってやる。
「……なぁ、シェリー。いっしょに…ここで暮らさないか?」
「えっ!?」
 思いもよらなかった言葉に俯いていた顔を上げた。
 ああ。涙で滲んでリュート様の顔が見えない。
「実はパーティーのあれは口実なんだ。どうすれば君を私のそばに置いておけるかと思って…でももうパーティーは終わった。
君がいなくなってしまうと思ったらいてもたってもいられなくなった」
(っ…頭が、ついていかない…!)
「…………」
「…すまなかったな。混乱させた。今の話は忘れてくれ」
 何も言わないシェリーを見て、返事が否だと解釈し、部屋から出て行こうとする。
 だが、扉の取っ手に手をかけたとき、腰に強い衝撃を受けて足を止めた。
 後ろを見ると、シェリーがしっかりとリュートに抱きついていた。
「シェリー?」
「勝手にっ、解釈しないで下さいっ!私は…リュート様といっしょにいたいです…っ」
 ぎゅうっとリュートの服を掴む。
 リュートは一瞬驚いて抱きつくシェリーを見ていたが、すぐに目を細めて優しく笑った。
 腰を掴む腕を離して腰を屈め、シェリーに向き合う。
「泣くなと言っただろう?」
「だって…嬉しくって…っ。リュート様、ほんとにあたしで…」
「君がいい」
 いつかのセリフと共に、リュートはシェリーに深く口付けた。



 甘い口付けを誓いとして。
 これからはずっとあなたと共に-――――。



    〜END〜




しらゆき様のサイトの500人目の訪問者ということで、オリジナル小説を頂きました。
長髪の美形を主人公にとお願い。モデルは、光源氏だったりあの方だったりw
かなり、素敵なお話です。



























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送